湖国聚英/安土城址

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解説 昭和3年(1928年)、滋賀県は観光の興隆を目的として、県内の名所・旧跡を美麗な写真におさめ、そこに簡潔な解説文を付したオフィシャル・ブック『湖国聚英』を発刊しました。
 幸い、その一書がひろく江湖の喝采を博したことから、8年後の昭和11年(1936年)、写真・解説等すべてを刷新、装いも新たにして、ふたたび世に出されたのが本書です。
 右の写真は、安土城天守閣からの遠望をおさめています。手前は小中湖(しょうなかこ)で、砂洲の向こうが大中湖(だいなかこ)と呼ばれた、琵琶湖のいわゆる内湖です。
 左の写真は、上とは逆に、繖山(観音寺山)から安土城搦め手方面を撮影したもので、手前は伊庭内湖。安土城跡の向こうは、小中湖と大中湖です。
 いずれも現在は干拓され、一部を除いて、様相は一変しています。
 当時の解説を下に翻刻しておきます。
「安土駅の北西、湖中に突出した翠微に古塔を載せた山、湖上から眺めて三つの瘤ある駱駝の形した山、その絶頂に信長の安土の城は七重の店主を輝かせその城下は「日本の首都」と呼ばれてゐた 居城七年、明智の乱に焼けてから三百五十年、山は夏草の茂るがまゝに任せたが、百々橋を渡って急峻な石段を登ると正門に出る 森蘭丸等股肱の臣の邸趾、信長廟を廻り八角平の残塁に出る、こゝが城址安土城趾中尤も展望のきくところで、西より北は湖水漫々として、船の出入りみちみちて、遠浦の帰帆、漁村の夕照、浦々のいかり火と云ふ、あの信長記の叙景か依然として眼界に映じてくる、裏道の中腹に安土関係の遺物を蔵す摠見寺がある」(※引用文中、旧漢字は原則として新字体に直しています――引用者註)


資料種別 古写真・絵葉書
地域 蒲生地域 > 安土町
タイトル 湖国聚英/安土城址
ココク シュウエイ アズチ ジョウシ
著者 滋賀県編刊
シガケン
出版年(西暦) 1936
出版年(年代) 昭和11年(1936)
件名 安土城;織田信長
アズチジョウ;オダ ノブナガ 
ページ数 1冊 
大きさ 19×27cm 
コンテンツID 0501369 
書誌番号 2298399 
IIIF マニフェスト https://da.shiga-pref-library.jp/0501369/manifest