伊勢参宮名所図会/2

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解説  一生に一度の伊勢参り――とは、江戸時代に起源を持つ言葉で、 とりわけ、60年ごとに迎える「お陰参り」の年には、伊勢神宮は大変な盛況を呈しました。その模様は、本居宣長が『玉勝間』のなかで、「寶永二年、伊勢の大御神宮に、おかげ參りとて、國々の人共、おびたゝしくまうづる事の有し、……(略)凡そ閏四月九日より、五月廿九日まで、五十日の間、すべて三百六十二萬人也」との記録がある、と記しているほど。江戸時代中期、日本の人口はおよそ1800万人とされているので、その約2割にあたる日本人が、その年、伊勢に集結した計算になります。
 『日本語大辞典(第二版)』によれば、伊勢参りは「江戸時代には、旅費を積み立てくじ引きで順に代参する伊勢講が各地に多数組織された。多くは農閑期に行われ、代参者の出発時には講仲間による見送りの宴が催され、留守宅には見舞品が届けられ、出迎えの宴では代参者が講仲間に祓札や伊勢土産を配った。……(略)また親や主人の許しを受けずに青年や使用人が参詣できる『抜け参り』も流行した。信仰だけでなく息抜きの旅行の面も窺える」とあります。
 実際、「寺社詣で」を方便としたこの旅は、俗に「往きの精進、帰りに観音ご開帳」と呼び習わされ、帰路では「買い物や芝居見物などを楽しみ、精進落としと称しては宴会をもった。」(『絵図に見る伊勢参り』)
 こうしたツーリズムの興隆に伴い、「名所図会」と称される地誌、いまでいうところの一般旅行者向けの観光ガイドブックもまた多数刊行されることになります。本書はそうしたジャンルの代表的な作品のひとつで、本巻(第2巻)では、瀬田橋、野路、石部、夏見、水口、土山、といった本県お馴染みの名所旧跡を経て鈴鹿山を越え、現在の三重県津市にある一身田に到るまでの様子が、細やかなタッチの絵図とともに収められています。

(参考・引用文献)
『本居宣長全集 第1巻』 筑摩書房 1968年 pp.97-98
『日本国語大辞典(第二版) 第1巻』 小学館 2000年 p.997
『絵図に見る伊勢参り』 旅の文化研究所編 河出書房新社 2002年 p.14

p.1 表紙
pp.2-3 目録
p.4 勢田橋
p.6 平治物語頼朝遠流
p.7 野路玉川
p.8 乳母ヶ餅
p.9 矢橋
p.11 草津立木大明神
p.12 三上山
p.13 目川
p.14 梅の木
p.15 石部駅
p.16 夏見の里
p.17 横田川
p.18 水口
p.19 岩神
p.21 いさの川
p.22 土山
p.24 田村丸
p.25 田村大明神社
p.26 蟹ヶ坂
p.27 山中
p.28 鈴鹿山
p.29 清見原天皇
p.30 坂の下
p.31 朝日辨天
p.32 筆捨山
p.33 関地蔵堂
p.34 同異本開眼の話
p.35 関の追分
p.38 豊久野銭掛松
pp.39-40 一身田高田山専修寺
p.43 裏表紙
資料種別 和書
地域 滋賀県 > 滋賀県
タイトル 伊勢参宮名所図会/2
イセ サングウ メイショ ズエ 2
著者 秋里離島撰;蔀関月画編
アキサト,リトウ;シトミ,カンゲツ
出版年(西暦) 1797
出版年(年代) 寛政9年(1797)
出版社 京都書林[ほか]/[京都]
件名 道路;図絵
ドウロ;ズエ 
その他の注記 和装本;木版;帙入 
ページ数 8冊 
大きさ 26cm 
コンテンツID 0501519 
書誌番号 0740878 
IIIF マニフェスト https://da.shiga-pref-library.jp/0501519/manifest